古典力学を量子論形式で扱う話

この記事では、古典力学(質点系)をヒルベルト空間を用いた量子論の形式で定式化する方法を紹介します。
この記事の内容は以下の論文を参考にしています。

So Katagiri, Measurement theory in classical mechanics, Progress of Theoretical and Experimental Physics, Volume 2020, Issue 6, June 2020, 063A02, https://doi.org/10.1093/ptep/ptaa065

この記事では以下のように用語を使用します。

  • 状態:あらゆる測定に対する測定値の確率分布の総体
  • 古典系:対象とする全ての物理量が同時に測定可能な系
  • 古典力学 :位置と運動量を基本変数にとった古典系で、古典リウヴィル方程式に従って時間発展する確率論
  • 量子論ヒルベルト空間とその上の演算子を用いた確率論
  • 量子力学:正準交換関係を満たす位置と運動量を基本変数にとった量子論で、シュレディンガー方程式に従って時間発展する確率論

簡単のため、以下では1次元の1粒子の古典力学を対象とします。

古典力学において、測定の対象とする物理量は位置$x$と運動量$p$の任意の性質がいい関数$A(x,p)$です。 *1
そのため、古典力学では、位置と運動量の測定値の確率密度関数$\rho(x,p)$を導入し、これを状態とします。 $\rho(x,p)$は確率密度関数なので以下の条件を満たします。(積分範囲を省略した場合は$-\infty$から$\infty$とします。)

$$ \rho(x,p)\geq 0 ,\ \int\int dxdp \rho(x,p) =1 $$

$\rho(x,p)$はこの系におけるあらゆる統計的な情報を持っており、実際、状態$\rho(x,p)$における物理量$A(x,p)$の期待値$\langle A\rangle$は

$$ \langle A\rangle = \int\int dxdp A(x,p)\rho(x,p) \tag{1} $$

と計算することができます。

古典力学の状態はリウヴィル方程式と呼ばれる方程式に従って時間発展します。
状態$\rho(x,p)$の時刻$t$の依存性を$\rho(x,p,t)$と表記すると、 $$ \frac{\partial \rho}{\partial t}(x,p,t)=\left(\frac{\partial H}{\partial x}(x,p)\frac{\partial}{\partial p}-\frac{\partial H}{\partial p}(x,p)\frac{\partial }{\partial x}\right)\rho(x,p,t) $$ がリウヴィル方程式です。
ここで、$H(x,p)$は系のハミルトニアンです。
この方程式に従った時間発展は

$$ \rho(x,p,t)\geq 0 ,\ \int\int dxdp \rho(x,p,t) =1 $$

を満たし、$\rho(x,p,t)$が時刻$t$における状態であることと整合しています。


続いて、この古典力学量子論として記述することを考えます。
古典力学では位置と運動量を誤差なく同時測定できるので、位置と運動量の同時固有ベクトル$|x,p\rangle$が定義できます。
このベクトルで表される状態は位置と運動量を測定すると確率1で$x,p$が得られる状態です。*2 このベクトルはデルタ関数としての規格直交性である $$ \langle x,p|x',p'\rangle = \delta(x-x')\delta(p-p') $$ を満たすとします。
古典力学で測定する任意の物理量$A(x,p)$の値は位置と運動量の測定値$x,p$から一意に定まるので、対応する演算子

$$ \hat A:=\int\int dxdp A(x,p)|x,p\rangle\langle x,p|\tag{2} $$ と定義できます。 特に、$A(x,p)=x,\ A(x,p)=p$の場合はそれぞれ位置と運動量の演算子$\hat x,\ \hat p$になります。

対象にする物理量が全て式(2)の形で表せるので、古典力学量子論として扱う場合のヒルベルト空間は、

$$ |\psi\rangle = \int\int dx dp\ \psi(x, p)|x, p\rangle,\ \lim_{|x|,|p|\to\infty} |x|^{n} |p|^{m} |\psi(x,p)|^{2} = 0 $$

の形で表記できるベクトル全体の集合とします。*3
つまり、$|x, p\rangle$が完全系をなす空間を考えます。 このことから任意の物理量は $$ \hat A=\int\int dxdp A(x,p)|x,p\rangle\langle x,p| =A(\hat x,\hat p)\tag{3} $$ と書くことができます。

古典力学では$|x, p\rangle$以外の状態は混合状態なので $$ \rho = \int\int dx dp \rho(x, p)|x, p\rangle\langle x,p| $$ と密度演算子を定義したくなりますが、これはトレースが発散し、規格化ができない形になっています。
正しくは$|\psi(x,p)|^2 = \rho(x,p)$を満たす関数$\psi(x,p)$を用いて

$$ |\psi\rangle = \int\int dx dp \psi(x, p)|x, p\rangle $$

のように、位置と運動量の同時固有ベクトルの重ね合わせで表現する必要があります。*4

以上を用いると物理量$A(\hat x,\hat p)$の量子論形式での期待値は

$$ \langle \psi|A(\hat x,\hat p)|\psi\rangle\ =\int\int dx dp A(x, p)\rho(x, p) =\langle A\rangle $$

になっており、古典系での期待値計算(式(1))を再現できていることが確認できます。

最後に、古典力学の時間発展を量子論で扱う方法について説明します。
孤立系における時間発展を含む何かしらの変換操作は、量子論においてはユニタリ演算子で記述できます。 中でも、時間発展、位置並進、運動量並進などの連続的な操作はエルミート演算子$\hat G$と変換する大きさを決めるパラメータ$s$を用いて $$ U(s):=\exp{(-i\hat G s)} $$ と表すことができます。この時$\hat G$は変換の生成子と呼ばれます。
古典力学量子論で扱うとき、$\hat G=f(\hat x,\hat p)$と表せる生成子(つまり物理量の演算子)だけに制限すると、これらは任意の物理量と可換になり、分布に変化を与えることができません。
従って、古典系においては時間発展を含む状態の変換を扱うには、変換の生成子を物理量以外に用意する必要があります。
古典力学量子論で扱うには \begin{eqnarray} e^{ip_0\hat \lambda_p}\hat xe^{-ip_0\hat \lambda_p}&=&\hat x \\ e^{ix_0\hat \lambda_x}\hat xe^{-ix_0\hat \lambda_x}&=&\hat x + x_0 \\ e^{ix_0\hat \lambda_x}\hat pe^{-ix_0\hat \lambda_x}&=&\hat p \\ e^{ ip_0\hat \lambda_p}\hat pe^{ -ip_0\hat \lambda_p}&=&\hat p + p_0 \\ e^{-ix_0\hat \lambda_x}e^{ -ip_0\hat \lambda_p}e^{ix_0\hat \lambda_x}e^{ ip_0\hat \lambda_p}&=&1 \end{eqnarray} という非可換性を持つ演算子$\hat \lambda_x,\hat \lambda_p$を導入する必要があります。*5
上の式は$\hat \lambda_x,\ \hat \lambda_p$がそれぞれ位置並進と運動量並進の生成子であることを意味しています。
古典力学の任意の変換はこれらの演算子を組み合わせて表すことができます。
上式の定義から$\hat \lambda_x,\ \hat \lambda_p$は位置と運動量の同時固有ベクトルに対して、 \begin{eqnarray} \langle x,p|\hat \lambda_x|\psi\rangle=-i\frac{\partial}{\partial x}\langle x,p|\psi\rangle \\ \langle x,p|\hat \lambda_p|\psi\rangle=-i\frac{\partial}{\partial p}\langle x,p|\psi\rangle \end{eqnarray} と書くことができます。
古典力学ハミルトニアンが$H(x,p)$の時に、量子論ハミルトニアン$\hat H_q$を $$ \hat H_q:=-\hbar\frac{\partial H}{\partial x}(\hat x,\hat p)\hat \lambda_x + \hbar\frac{\partial H}{\partial p}(\hat x,\hat p)\hat \lambda_p\tag{3} $$ と定義すると、状態はシュレディンガー方程式 $$ i\hbar\frac{\partial}{\partial t}|\psi(t)\rangle = \hat H_q|\psi(t)\rangle $$ を満たして時間発展します。
これを用いると、位置と運動量の確率密度関数$|\langle x,p|\psi(t)\rangle|^{2}$は \begin{eqnarray} i\hbar \frac{\partial }{\partial t}|\langle x,p|\psi(t)\rangle|^{2}&=&\langle \psi(t)|[|x,p\rangle \langle x,p|,\ \hat H_q]|\psi(t)\rangle \\ &=&i\hbar\left(\frac{\partial H}{\partial x}(x,p)\frac{\partial}{\partial p}-\frac{\partial H}{\partial p}(x,p)\frac{\partial }{\partial x}\right)|\langle x,p|\psi(t)\rangle|^{2} \end{eqnarray} と古典リウヴィル方程式に従っていることが示せます。
従って、式(3)のようにハミルトニアンを定義することで、時間発展についても量子論として扱うことができることが分かります。
ここで、上式1行目から、任意関数$f(x,p)$によって$\hat H_q\to\hat H_q+f(\hat x,\hat p)$と量子ハミルトニアンを変更しても同じ結論が得られることには注意が必要です。


この記事では、古典力学と時間発展方程式であるリウヴィル方程式を量子論の枠組みで扱う方法について解説しました。
次回は量子力学のある種の測定として古典力学を導出するという話を書こうと思います。


更新履歴 2022/1/1 位置並進と運動量並進の式を変形

*1:実際に興味があるのは、位置、運動量、角運動量、エネルギーなどの少数の典型的な物理量であることがほとんどです。

*2:厳密には、位置と運動量の測定値が確率1で$[x-\Delta x,x+\Delta x),[p-\Delta p,p+\Delta p)$に入る状態の分散を0にする極限のベクトルです。

*3:厳密には、この集合を完備化する必要があります。

*4:この後で確率混合をするのはOK

*5:最後の式の右辺の1は恒等演算子を意味しています。