ベルの不等式を直感的に理解する方法

2022年のノーベル物理学賞ベルの不等式の破れの実験が受賞し、(観測範囲内で)大いに盛り上がりを見せました。
それで気になってインターネットを駆使してベルの不等式を調べても、なかなかイメージが難しく、「そもそもこの不等式ってなに?」、「破れたらダメなの?」、「この不等式が成り立ってて欲しいという気持ちになれない。」と言った声が聞こえてきそうな気がします。
そこで今回は、ベルの不等式を直感的に理解するために図を使用した説明を試みます。 この記事を読むことで、ベルの不等式が如何に成り立っていそうか、敗れることがどれほど奇妙かを心で理解できることを目指します。
ベルの不等式には自分の知る範囲でも複数の流儀がありますが、今回はノーベル賞の研究で登場するCHSH不等式と呼ばれる形式と情報理論ベルの不等式と呼ばれる形式の2種について解説します。

測定値の相関

ベルの不等式を理解する上で欠かせないのは測定値の相関の概念です。
ここではCHSH不等式の方に特化した説明をするために、相関係数という量を用いて相関を説明します。
物理量$A$と$B$を繰り返し同時測定したときに以下のような測定値のテーブルが得られます。

測定値テーブル

この$A$と$B$の測定値の列がどれほど関係性が強いかを表すのが相関です。
$A\times B$の列を見ると、$A$と$B$の値が同じなら$1$異なれば$-1$になっていることが分かります。
今回は$1$か$-1$のどちらかの値しか取っていないので、各$n$においては同じ値になるか異なる値になるかの2択で、各$n$の$A\times B$の値を見るだけではどのような関係性があるのかは分かりません。
そこで、$A\times B$列の値を平均化してみます。
$A$と$B$が同じ値であることが多ければ、平均値は$1$に近くなり、異なる値が多ければ$-1$に近くなります。
そして、$A$と$B$が独立に値をとる場合には平均値は打ち消し合い$0$になります。
平均値が$1$に近ければ、$A$の値から$B$の値を精度良く推測でき、この時$A$と$B$は強い正の相関があると言います。 逆に$-1$に近ければ、$-A$の値から$B$の値を精度良く推測でき、$A$と$B$は強い負の相関があると言います。 どちらでもなく$0$に近い場合には$A$から$B$の値を推測するのは難しく、相関が弱いと言います。
この$A\times B$の平均値のことを相関係数と呼びます。

CHSH不等式の意味

CHSH不等式には4つの物理量と4つの相関係数が登場します。
以下の図を参照してください。

相関の推移律?

4つの物理量$A,B,C,D$の同時測定のテーブルがあり、$A\leftrightarrow B,B\leftrightarrow C,C\leftrightarrow D$の間でそれぞれ正の相関があるとします。
この時、$A\leftrightarrow B,B\leftrightarrow C,C\leftrightarrow D$の相関がそれぞれ正に強い場合には、直感的には$A\to B \to C\to D$と辿ることで、$A$から$D$の値をそのまま推測できる気がするため、$A\leftrightarrow D$にも正の強い相関が必然的に生じる気がします。
この直感を具体的に数式に落とし込んだものがCHSH不等式です。
上記の直感に沿うようにCHSH不等式を変形すると、
\begin{eqnarray} \langle AB \rangle + \langle BC \rangle +\langle CD \rangle -2 \leq \langle AD \rangle \end{eqnarray} と書くことができます。$\langle AB \rangle$は$A$と$B$の相関係数を表します。
上式の第1-3項は図でいうと上の3つの矢印の相関を表しており、これらの正の相関が強いと和が$3$に近い値をとります。
そこから$2$を引いているため、左辺全体は$1$以下で$1$に近い数字になります。
そして、右辺はその$1$に近い値以上である、つまり$A\leftrightarrow D$も強く正に相関することを意味しています。
以上がCHSH不等式の直感的意味です。*1

まとめると、4つの物理量の同時測定テーブルがあり、$A\leftrightarrow B,B\leftrightarrow C,C\leftrightarrow D$の間に強い相関があるとき、連鎖的な推測により$A\leftrightarrow D$に相関が必然的に生じ、その大きさを定量化したものがCHSH不等式です。

CHSH不等式の破れの実験

上記の説明から、CHSH不等式の直感的な理解はできたかと思います。
この不等式が成り立っていそうなことも何となく納得できたのではないかと思います。
関連する情報をもとに推測を行い、最終的な結論を出すプロセスに照らし合わせると、$A$というデータから$A\to B\to C\to D$と推測を行うことで$A\leftrightarrow D$に相関が生じ、それをもとに$A$から結論$D$を導くプロセスになっているため、これが成り立たないのは奇妙であると感じられるのではないでしょうか。
その奇妙な現象を生じさせるのが量子論であり、それを確認したのが今回ノーベル賞受賞に繋がった実験です。
先程の図を実験に落とし込む過程で注意すべきは同時測定の不可能性です。
古典論以外の(量子を含む)確率論では、一般に同じ自由度の異なる物理量を同時測定できる保証はありません。*2 CHSH不等式では相関係数が出てきますが、相関係数に出てくる物理量は同時測定する必要があるので、$A,B,C,D$をうまく配置する必要があります。
上図を注意深く見ると、$A$と$C$、$B$と$D$の間の相関係数は登場しないことに気づきます。
すなわち、$A$と$C$、$B$と$D$は同時測定する必要がありません。
そこで、下図のように物理量を配置することとします。

CHSH不等式の実験

この図のように赤枠同士を空間的に離れた場所に置くことで、異なる赤枠間の物理量は異なる自由度に属すると信じることができ、同時測定ができるようになります。*3
そして、この配置であれば、CHSH不等式に出てくる相関係数を全て同時測定によって測定できることが分かります。
このようにして実験を行ない、実際に不等式が破れていることを見出したことがノーベル賞の受賞に繋がったのです。

情報理論的なベルの不等式

最後に情報理論的なベルの不等式についても触れておきます。 Twitterで教えていただいて初めて知ったのですが、情報理論的なベルの不等式なるものが存在するそうです。*4
CHSH不等式と同様に物理量の相関に関する不等式ですが、相関係数ではなく、条件付きエントロピーと呼ばれる量を用いて定式化されています。
エントロピー$H(X)$とは、測定値が確率変数$X$で表せる場合、十分多い回数測定した結果の列は何bitで表現できるかを定量化したものです。*5
また、条件付きエントロピー$H(Y|X)$とは、$X$の測定値列を知っているときに、あと何bitあれば$Y$の測定値列を表現できるかを表した指標です。
これをCHSH不等式の場合の図に照らし合わせると、以下のような図が得られます。

情報理論ベルの不等式

図の矢印の向き(例えば$A\to B$)に測定値列を推測することを考えると、付加的に必要な情報量が条件付きエントロピー($H(B|A)$)です。 直感的には、$A\to B\to C\to D$という流れで$A$の測定値列から$D$の測定値列を推測するよりも、$A\to D$と直接的に推測する方が近道ができ、少ない情報量で推測できる気がします。 なぜなら、$A\to B\to C\to D$と寄り道すると、$D$には関係がない$B$と$C$の余分な情報を得る必要があるため、その分だけトータルで得る必要のある情報が増えてしまうためです。 このことを表現したのが情報理論的なベルの不等式で、以下のように与えられます。 \begin{eqnarray} H(D|A) \leq H(D|C) + H(C|B) + H(B|A) \end{eqnarray} 以上から、情報理論エントロピーも直感的に理解できることが分かりました。

ベルの不等式の破れは何を意味するか?

ベルの不等式の破れの説明として、不等式の破れは「古典以上に相関が強い」ことを表すと言われることがよくあります。
果たしてこの説明は正しいでしょうか?
結論としてはあまり正しくないのではないかと思います。
この記事では2種のベルの不等式とその直感的な意味を解説しました。 2種に共通する特徴として「①:相関の概念を用いた不等式であること」、「②:測定値の推測に関する制限を与えること」が挙げられます。
②をもう少し噛み砕くと、「$A\to B\to C\to D$が精度良く推測できるほど強く相関しているならば、$A\to D$の直接的な推測も"必ず"精度良く行える。」ことと言えます。
そうすると、ベルの不等式の破れは、「$A\to B\to C\to D$が精度良く推測できるほど強く相関していても、$A\to D$の直接的な推測が行えるとは限らない。」ことを意味します。
これは「相関の強さ」に関して言及しているわけではなく、測定値の連鎖的な推測に関して、直感的に成り立っていそうな関係が成り立たないことを意味しています。*6 その意味で、ベルの不等式の破れは「相関の自由さ」を表していると言えます。

以上が、ベルの不等式とその破れの直感的な意味です。

*1:全て負の相関なら$-2$で下から抑える不等式になります。この2つの不等式を合わせてCHSH不等式と言います。

*2:むしろ同時測定できることの方が稀です。

*3:相対論的な意味で空間的に離れた場所なら、局所因果律を認めれば同時測定ができます。

*4:鍵付きアカウントの方から教えていただいたので、アカウントは伏せますが、以下の論文をご紹介いただきました。 Wringing out better Bell inequalities - ScienceDirect

*5:ここでいうエントロピーとは情報エントロピーのことです。

*6:実際、相関の強さだけで言えば、全ての相関係数を最大の$1$にすること、または全ての条件付きエントロピーを最小の$0$にすることは古典確率論でも容易に達成できます。

古典力学の時間反転対称性

時間反転対称がよく分からないなと感じたので、とりあえず古典力学の時間反転対称性をまとめました。 リウヴィル方程式の時間反転対称性の記事がなかなか見つからなかったので、後半に書いてみました。

正準方程式の時間反転対称性

ここでは、3次元空間中の1粒子系を考えます。
記法を簡単にするために、位置と運動量を$(x_1,x_2,x_{3},p_1,p_2,p_{3})$で表すことにします。
さらに、略記として$(x,p):=(x_1,x_2,x_{3},p_1,p_2,p_{3})$と書くことにします。 ハミルトニアンが$H(x,p):=\sum_{i=1}^{3}p_i^2/2m + V(x)$の時、粒子は以下の$6$本の正準方程式を満たしながら時間発展します。
\begin{eqnarray} \frac{dx_i}{dt}(t)&=&\frac{p_i(t)}{m} \\ \frac{dp_i}{dt}(t)&=&-\frac{\partial V}{\partial x_i}(x(t))\ \ (i&=1,\cdots,3) \end{eqnarray} この時の解を1つ選び、$(x_f(t),p_f(t))$と書くことにします。
時刻$t$が$0$から$t_0$に時間経過していくと、$(x_f(t),p_f(t))$で表される粒子たちは正準方程式に従って運動します。
ここで、$t_0$から$2t_0$の間に、先ほどとは逆向きに運動させ、元の位置に戻るような運動を考えます。
すなわち、位置が$x_r(t):=x_f(2t_0-t),\ t\in [t_0,\ 2t_0]$と時間変化するとします。
人間が運動を認識するのは$x_r$の時間依存性に対してのみで、一般化運動量$p$は補助的な変数に過ぎません。
従って、逆向きの運動をしているという状況を保ちつつ、$p$を自由に選ぶことができます。 *1
ここで、$p_r(t):=-p_f(2t_0-t)$と定義すると、$(x_r(t),p_r(t))$は正準方程式の解であることが確認できます。
構成法から明らかなように、この解は(位置を見る限りでは)時間を逆再生したかのような運動になっています。 まとめると、方程式の解$(x_f,p_f)$に対して、それを逆向きに運動させていると感じられる解$(x_r,p_r)$が必ずあります。 これを時間反転対称性と呼びます。

リウヴィル方程式の時間反転対称性

次に、リウヴィル方程式の時間反転対称性を調べます。
正準方程式の議論を真似て、ある解に対して、逆再生をしたかのような解があるかどうかを調べていきます。
リウヴィル方程式とは、位置と運動量の確率分布の時間発展を予言するための方程式で、正準方程式と方程式と等価です。
従って、リウヴィル方程式にも時間反転対称性があると結論づけたくなりますが、一応きちんと計算してみます。
リウヴィル方程式は以下の微分方程式です。 \begin{eqnarray} \frac{\partial \rho}{\partial t}&=&\sum_{i=1}^{3} \left( \frac{\partial H}{\partial x_i}\frac{\partial \rho}{\partial p_i} - \frac{\partial H}{\partial p_i}\frac{\partial \rho}{\partial x_i} \right) \\ &=&\sum_{i=1}^{3} \left( \frac{\partial V}{\partial x_i}\frac{\partial \rho}{\partial p_i} - \frac{p_i}{m}\frac{\partial \rho}{\partial x_i} \right) \\ \end{eqnarray} ここでは、先ほどと同じものを使用しています。
$\rho(x,p;t)$は時刻$t$における位置と運動量の確率分布を表しています。
この設定で、正準方程式の場合と同様に、時刻を$0$から$t_0$まで経過させてから、$t_0$から$2t_0$の時にはその逆向きの運動をさせることを考えます。
今、時刻$t$が$0$から$t_0$までの解を$\rho_f(x,p;t)$とすると、正準方程式の場合と同様に、$\rho_r(x,p;t):=\rho_f(x,-p;2t_0-t)$と定義してみます。
すると、左辺は \begin{eqnarray} \frac{\partial \rho_r}{\partial t}(x,p;t) &=& \frac{\partial }{\partial t}\rho_f(x,-p;2t_0-t) \\ &=& -\frac{\partial \rho_f}{\partial t}(x,-p;2t_0-t) \end{eqnarray} となり、右辺は \begin{eqnarray} &&\sum_{i=1}^{3} \left( \frac{\partial V}{\partial x_i}(x)\frac{\partial }{\partial p_i}\rho_r(x,p;t) - \frac{p_i}{m}\frac{\partial }{\partial x_i}\rho_r(x,p;t) \right) \\ &=& \sum_{i=1}^{3} \left( \frac{\partial V}{\partial x_i}(x)\frac{\partial }{\partial p_i}\rho_f(x,-p;2t_0-t) - \frac{p_i}{m}\frac{\partial }{\partial x_i}\rho_f(x,-p;2t_0-t) \right) \\ &=& \sum_{i=1}^{3} \left( -\frac{\partial V}{\partial x_i}(x)\frac{\partial \rho_f}{\partial p_i}(x,-p;2t_0-t) - \frac{p_i}{m}\frac{\partial \rho_f}{\partial x_i}(x,-p;2t_0-t) \right) \\ &=& -\sum_{i=1}^{3} \left( \frac{\partial V}{\partial x_i}(x)\frac{\partial \rho_f}{\partial p_i}(x,-p;2t_0-t) - \frac{-p_i}{m}\frac{\partial \rho_f}{\partial x_i}(x,-p;2t_0-t) \right) \end{eqnarray} となるので、"点"$(x,-p;2t_0-t)$におけるリウヴィル方程式を満たしていることが分かります。
そして、$x,p,t$は任意に動かせるので、逆向きの運動である$\rho_r(x,p;t)$は元の方程式の解であると結論できます。

以上から、リウヴィル方程式にも時間反転対称性があることが分かります。

*1:例えば正準方程式を満たすとは限らない物体が等速直線運動をしている場合を考えてみてください。この時、等速直線運動は、位置の値が時間に比例して直線的に増加していることしか保証しません。従って一般化運動量が仮に途方もなく大きかったり、ランダムに方向を変えていたとしても、それを直接測定しない限りは等速直線運動をしていることになります。

確率・情報理論の観点から古典力学を導出する。

前提

この記事では、古典力学は確率モデルだという立場からスタートします。(強い思想)
通常、古典的質点の運動は、ハミルトンの運動方程式 \begin{eqnarray} \frac{dx}{dt}&=&\frac{\partial H}{\partial p}(x,p) \\ \frac{dp}{dt}&=&-\frac{\partial H}{\partial x}(x,p) \end{eqnarray} を満たすように位置$x$と運動量$p$が時間変化する力学の理論として扱われています。
しかし、量子論と対比すると、確率モデルの一種であると考える方が都合が良いです。
位相空間上の確率密度分布$\rho(x,p,t)$の時間発展はリウヴィル方程式 \begin{eqnarray} \frac{\partial \rho}{\partial t}&=&\frac{\partial H}{\partial x}\frac{\partial \rho}{\partial p} - \frac{\partial H}{\partial p}\frac{\partial \rho}{\partial x}\tag{1} \\ &=&\{H,\ \rho \} \end{eqnarray} を満たしますが、純粋状態$\rho(x,p,0)=\delta(x-x_0)\delta(p-p_0)$の時間発展は、初期条件を$(x_0,p_0)$に取った時の質点の運動と同じ結果になるため、 確率モデルの時間発展方程式であるリウヴィル方程式はハミルトンの運動方程式を内包していることが分かります。
この事実からも、古典力学を確率モデルとして捉えることの自然さを感じることができます。
よって、この記事では式(1)こそが古典力学の方程式だと考え、これを導出することを目指します。

古典力学の導出

古典力学では、確率密度関数の集合 \begin{eqnarray} S_{\mathrm{c}} := \left\{ \rho\left| \rho:(x,p)\mapsto \rho(x,p)\geq 0,\ \int dxdp\rho(x,p)=1 \right. \right\} \end{eqnarray} が状態空間です。 この集合は \begin{eqnarray} &&\lambda \rho_1 +(1-\lambda)\rho_2\in S_{\mathrm{c}}\tag{2} \\ &&0<\lambda<1 \end{eqnarray} と、確率混合で集合が閉じていることが確認でき、このような集合を凸集合と呼びます。
時刻$0$から$t$までの時間発展写像は$\Lambda_t: S_{\mathrm{c}}\to S_{\mathrm{c}}$のアフィン写像であるとします。これは、観測との整合性を考慮した時間発展のアフィン性を意味します。
式(2)の分解ができない状態のことを純粋状態と言いますが、これは前述のようにデルタ関数で$\delta(x-x_0)\delta(p-p_0)$と表すことができます。 ここで、$(x_0,p_0)$に局在した状態であることが分かりやすいように、 \begin{eqnarray} \delta_{x_0}(x)&:=&\delta(x-x_0) \\ \delta_{p_0}(p)&:=&\delta(p-p_0) \end{eqnarray} という表記を導入します。
また、逆操作可能であることと、系の対称性の良さを願って、時間並進対称性があると仮定します。
数学的には、$\Lambda_t$が$t$についての1パラメータ変換群をなすと仮定するのがよいでしょう。
さらに、情報劣化が起きないことを願って、純粋状態は純粋状態に時間発展すると仮定します。(以後、純粋性と呼ぶ。)
アフィン性、時間並進対称性、純粋性を用いると、任意の時刻からの微小時間$\Delta t$の時間発展は \begin{eqnarray} \Lambda_{\Delta t}(\rho) &=& \int dxdp \rho(x,p)\Lambda_{\Delta t}(\delta_{x}\delta_{p}) \\ &=& \int dxdp \rho(x,p)\delta_{x+f(x,p)\Delta t}\ \delta_{p+g(x,p)\Delta t} \end{eqnarray} となります。($\Delta t$の2次以上のオーダーを無視する。)
ここで、$f,g$は時間発展写像を決める何らかの関数です。
さらに、逆操作可能性から、$(x,p)\mapsto (x+f(x,p)\Delta t,\ p+g(x,p)\Delta t)$という写像には逆写像が存在するので、 \begin{eqnarray} \Lambda_{\Delta t}(\rho)(x,p) &=& \int dx'dp' \rho(x',p')\Lambda_{\Delta t}(\delta_{x'}\delta_{p'})(x,p) \\ &=& \int dx'dp' \rho(x',p')\delta_{x'+f(x',p')\Delta t}(x)\ \delta_{p'+g(x',p')\Delta t}(p) \\ &=& \int dx'dp' J(x',p',\Delta t)\rho(x'-f(x',p')\Delta t,p'-g(x',p')\Delta t)\delta_{x'}(x)\ \delta_{p'}(p) \\ &=&J(x,p,\Delta t)\rho(x-f(x,p)\Delta t,p-g(x,p)\Delta t)\tag{3} \end{eqnarray} となります。

$J(x,p,\Delta t)$は状態$\rho$に依らないヤコビアンで、 \begin{eqnarray} J(x,p,\Delta t) &:=& \frac{\partial (x - f(x,p)\Delta t)}{\partial x} \frac{\partial (p - g(x,p)\Delta t)}{\partial p}
- \frac{\partial (x - f(x,p)\Delta t)}{\partial p} \frac{\partial (p - g(x,p)\Delta t)}{\partial x} \\ &=& 1 - \left\{ \frac{\partial f(x,p)}{\partial x} + \frac{\partial g(x,p)}{\partial p} \right\}\Delta t + O(\Delta t^2) \tag{4} \end{eqnarray} です。 ここで、$\rho=\delta_{x_0-f(x_0,p_0)\Delta t}\ \delta_{p_0-g(x_0,p_0)\Delta t}$とすると、 \begin{eqnarray} \Lambda_{\Delta t}(\delta_{x_0-f(x_0,p_0)\Delta t}\ \delta_{p_0-g(x_0,p_0)\Delta t}) &=& J(x_0,p_0,\Delta t)\delta_{x_0}\delta_{p_0} + O(\Delta t^2) \end{eqnarray} となるので、確率の保存を考慮すると、$J(x_0,p_0,\Delta t)=1$が結論されます。
従って、式(4)より、 \begin{eqnarray} \frac{\partial f}{\partial x} + \frac{\partial g}{\partial p} = 0 \tag{5} \end{eqnarray} が得られます。 以上から、式(3)の微小な時間発展は \begin{eqnarray} \Lambda_{\Delta t}(\rho)(x,p) &=&\rho(x-f(x,p)\Delta t,p-g(x,p)\Delta t)\tag{6} \end{eqnarray} となることが分かります。
ここで、 \begin{eqnarray} \omega := -gdx + fdp \end{eqnarray} という1-formを定義すると、式(5)より、 \begin{eqnarray} d\omega &=& \left( \frac{\partial f}{\partial x} + \frac{\partial g}{\partial p} \right) dx \land dp = 0 \end{eqnarray} となります。 よって、ポアンカレ補題より、関数$H(x,p)$が存在して、 \begin{eqnarray} \omega &=& dH \\ &=& \frac{\partial H}{\partial x} dx +\frac{\partial H}{\partial p} dp \\ &=& -gdx + fdp \end{eqnarray} となり、最後の等号から、 \begin{eqnarray} f &=& \frac{\partial H}{\partial p} \\ g&=& - \frac{\partial H}{\partial x} \end{eqnarray} という関係が導けます。
これを式(6)に代入することで、 \begin{eqnarray} \Lambda_{\Delta t}(\rho)(x,p) &=&\rho(x-f(x,p)\Delta t,p-g(x,p)\Delta t) \\ &=&\rho\left(x-\frac{\partial H}{\partial p}(x,p)\Delta t,p+ \frac{\partial H}{\partial x} (x,p)\Delta t\right) \\ &=&\rho(x,p) + \left\{\frac{\partial H}{\partial x}\frac{\partial \rho}{\partial p} - \frac{\partial H}{\partial p}\frac{\partial \rho}{\partial x}\right\}(x,p)\Delta t + O(\Delta t^2) \end{eqnarray} となるため、 \begin{eqnarray} \frac{\partial \rho}{\partial t}&=& \lim_{\Delta t \to 0}\frac{1}{\Delta t}\left\{\Lambda_{\Delta t}(\rho) - \rho \right\} \\ &=& \left\{\frac{\partial H}{\partial x}\frac{\partial \rho}{\partial p} - \frac{\partial H}{\partial p}\frac{\partial \rho}{\partial x}\right\} \end{eqnarray} が導かれます。
これは式(1)のリウヴィル方程式に他なりません。
以上の導出で仮定したのは、1. 時間発展のアフィン性、2. 時間並進対称性、3. 逆操作可能性、4. 純粋性、5.確率の保存、の5つであり、いずれも操作的に妥当な仮定であると考えられます。

量子力学から古典力学を見出す話

この記事では、「古典的な位置と運動量の測定」を量子力学でモデル化すると、シュレディンガー方程式から古典力学の方程式(リウヴィル方程式)が導出できるという話を書きます。
導出過程で量子論形式で扱った古典力学が出てくるので、先にこちらの記事に目を通されてから読むことをお勧めします。

この記事では以下のように用語を使用します。

  • 状態:あらゆる測定に対する測定値の確率分布の総体
  • 古典系:対象とする全ての物理量が同時に測定可能な系
  • 古典力学 :位置と運動量を基本変数にとった古典系で、古典リウヴィル方程式に従って時間発展する確率論
  • 量子論ヒルベルト空間とその上の演算子を用いた確率論
  • 量子力学:正準交換関係を満たす位置と運動量を基本変数にとった量子論で、シュレディンガー方程式に従って時間発展する確率論

簡単のため、以下では1次元の1粒子の量子力学を対象とします。

ある物理系が古典力学で十分に解析できる状況にあっても、原理的には量子力学に従っていると考えられます。
このことは、古典的な位置と運動量の測定を量子力学のPOVMとして定式化できる事を示唆しています。 そこで、この記事では、


目次


並進操作の代数構造について

量子力学において、物理量は基本的に正確な同時測定ができません。 特に不確定性原理によって、古典力学の状態を指定する位置と運動量の値を同時に確定させることができません。
こういった性質は量子力学における物理量と物理操作の代数構造から導かれます。 前回の記事に対応する形で表記すると、位置並進と運動量並進について、 \begin{eqnarray} e^{ip_0\hat \lambda_p}\hat xe^{-ip_0\hat \lambda_p}&=&\hat x \\ e^{ix_0\hat \lambda_x}\hat xe^{-ix_0\hat \lambda_x}&=&\hat x + x_0 \\ e^{ix_0\hat \lambda_x}\hat pe^{-ix_0\hat \lambda_x}&=&\hat p \\ e^{ ip_0\hat \lambda_p}\hat pe^{ -ip_0\hat \lambda_p}&=&\hat p + p_0 \\ e^{-ix_0\hat \lambda_x}e^{ -ip_0\hat \lambda_p}e^{ix_0\hat \lambda_x}e^{ ip_0\hat \lambda_p}&=&e^{-ix_0 p_0/\hbar}\tag{1} \end{eqnarray} が成立します。 ここで、$\hat \lambda_x := \hat p/\hbar,\ \hat \lambda_p := -\hat x/\hbar$としています。 前回の記事と比較すると、古典力学と異なるのは最後の行の式(1)であることが分かります。
式(1)は位置並進操作と運動量並進操作が量子力学においては位相因子の分だけ非可換であることを意味しています。*1
古典力学のように式(1)の右辺が恒等演算子になる条件は $$ x_0 p_0 =2\pi\hbar n=hn\tag{2} $$ です。ここで、$n$は整数です。 位置並進と運動量並進は、パラメータの対$(x_0,p_0)$によって定まるので、式(2)の条件と両立する操作の全体(古典的な操作の全体)は$(x_0,p_0)$の集合として定めることができます。 この集合を$C(h)$とすると、並進操作の整合性のために$C(h)$は以下を満たす必要があります。

  1. 任意の$(a,b)\in C(h)$に対して、$ab=hn$となる整数$n$が存在する。
  2. 任意の$(a_1,b_1),\ (a_2,b_2)\in C(h)$に対して、$(a_1+a_2,b_1+b_2)\in C(h)$
  3. $(0,0)\in C(h)$
  4. ある$a_0> 0,\ b_0> 0$が存在して、$(a_0,0),\ (0,b_0)\in C(h)$
  5. 任意の$(a,b)\in C(h)$に対して、$(-a,-b)\in C(h)$

1.は式(2)のことで、2.は操作の組み合わせが可能であること、5.は逆の操作が可能であることをそれぞれ要請しています。
1.より、任意に固定した$(a,b),\in C(h)$に関して、整数$n$が存在して$a b=n h$が成り立ちます。
さらに4.で存在が保証された$(a_0,0)\in C(h)$と、2.を用いると、$(a_0+a,b)\in C(h)$なので、 \begin{eqnarray} (a_0+a)b/h&=&a_0b/h+ab/h \\ &=& a_0b/h+n
\end{eqnarray} は1.より、整数になるはずです。そのための必要十分条件は、ある整数$n'$が存在して$b=n'h/a_0$となることです。 特に、4.で存在が保証された$b_0$についても$b_0=n_0h/a_0$を満たす整数$n_0$が存在します。 同様に、$a=n''h/b_0$となる整数$n''$が存在することも証明できます。
以上から、任意の$(a,b)\in C(h)$は、ある整数$n,{k}$を用いて$(nh/b_0,kh/a_0)$と表すことができます。 以下では、$a_0=:\delta x$と固定した時に、集合$C(h)$が最大の集合になるように$n_0=1$とし、その時の集合を$C(h,\delta x)$とします。 また、$\delta p:= b_0=h/\delta x$とします。 これらの記号を用いると、任意の$C(h,\delta x)$の元は$(n\delta x,k\delta p)$と表すことができます。 条件式(2)を満たす操作の最大集合である$C(h,\delta x)$は$\mathbb{R}^2$内で格子状の離散的な集合ですが、プランク定数$h$が十分に小さいとみなせる状況(古典力学が有効な場合)では$\mathbb{R}^2$内で稠密な集合とみなすことができます。


古典力学の位置と運動量を量子力学で操作論的に定式化する

古典力学では位置と運動量は誤差なく同時測定が可能なので、古典力学で測定される位置と運動量は量子力学においては可換な自己共役演算子$$ \hat x_c,\ \hat p_c,([\hat x_c,\ \hat p_c]=0) $$ によって定式化できると予想されます。*2 古典力学の性質は並進の代数構造から導かれるので、これを軸に定式化することを考えます。 前章の結果から、パラメータの集合$C(h,\delta x)$は古典的な代数構造を保つ並進操作の最大の集合になっています。
ここで、$\hat x_c,\ \hat p_c$は$C(h,\delta x)$による量子力学の並進操作について、古典力学の代数構造を満たすと仮定します。*3
つまり、 \begin{eqnarray} e^{-i{m}\delta p\hat x/\hbar}\hat x_c e^{i{m}\delta p\hat x/\hbar}&=&\hat x_c \\ e^{i{m}\delta x\hat p/\hbar}\hat x_c e^{-i{m}\delta x\hat p/\hbar}&=&\hat x_c + m\delta x \\ e^{im\delta x\hat p/\hbar}\hat p_c e^{-im\delta x\hat p/\hbar}&=&\hat p_c \\ e^{-im\delta p\hat x/\hbar}\hat p_c e^{im\delta p\hat x/\hbar}&=&\hat p_c + m\delta p \end{eqnarray} が任意の整数${m}$で成立すると仮定します。
簡単のため、$\hat x_c,\ \hat p_c$はそれぞれ固有値$0$を持つとすると、可換であることから $$ \hat x_c|0,0\rangle = \hat p_c|0,0\rangle =0 $$ となる同時固有ベクトルが存在します。$n,k$を整数として $$ |n,k\rangle := e^{-in\delta x\hat p/\hbar}e^{ik\delta p\hat x/\hbar}|0,0\rangle = e^{ik\delta p\hat x/\hbar}e^{-in\delta x\hat p/\hbar}|0,0\rangle $$ を定義すると、任意の$n,k$について $$ \hat x_c|n,k\rangle = n\delta x|n,k\rangle,\ \hat p_c|n,k\rangle = k\delta p|n,k\rangle $$ が成立します。
以下では、量子状態をこのベクトル$|n,k\rangle$で張られる部分空間の元に限定して、その性質をみていきます。 *4 量子力学の位置$\hat x$と運動量$\hat p$についての$|n,k\rangle$の波動関数は、定義から \begin{eqnarray} \langle x|n,k\rangle &=& e^{ik\delta px/\hbar}\langle x|n,0\rangle \\ \langle p|n,k\rangle &=& e^{-in\delta xp/\hbar}\langle p|0,k\rangle \\ \end{eqnarray} となり、位置波動関数については$k$が、運動量波動関数については$n$がそれぞれ指数関数部分のみに、存在することが確認できます。 ここで、古典力学において、位置と運動量の単位を$\Delta X$,$\Delta P$程度のスケールにとり、これが$\delta x,\ \delta p$に対して $$ \epsilon_x:=\delta x/\Delta X\ll 1,\ \epsilon_p:=\delta p/\Delta P\ll 1 $$ の関係にあるとします。
$X_c:=n\epsilon_x,\ P_c:=k\epsilon_p$を定義すると、これは$\epsilon_x,\epsilon_p$が十分小さい時には連続的な値をとるとみなすことができます。 固有ベクトル$|X_c,P_c\rangle:=|n,k\rangle$に対して位置演算子$\hat x$と運動量演算子$\hat p$は \begin{eqnarray} \langle X_c,P_c|\hat x|\psi\rangle &=& \int dx\ x\langle X_c,P_c|x\rangle\langle x|\psi\rangle\nonumber \\ &=& \int dx\ x\ e^{-i\Delta P P_c x/\hbar}\langle X_c,0|x\rangle\langle x|\psi\rangle\nonumber \\ &=& \frac{i\hbar}{\Delta P}\frac{\partial}{\partial P_c}\int dx\ e^{-i\Delta P P_c x/\hbar}\langle X_c,0|x\rangle\langle x|\psi\rangle\nonumber \\ &=& \frac{i\hbar}{\Delta P}\frac{\partial}{\partial P_c}\langle X_c,P_c|\psi\rangle \end{eqnarray} \begin{eqnarray} \langle X_c,P_c|\hat p|\psi\rangle &=& \int dp\ p\langle X_c,P_c|p\rangle\langle p|\psi\rangle\nonumber \\ &=& \int dp\ p\ e^{i\Delta X X_c p/\hbar}\langle 0,P_c|p\rangle\langle p|\psi\rangle\nonumber \\ &=& -\frac{i\hbar}{\Delta X}\frac{\partial}{\partial X_c}\int dp\ e^{i\Delta X X_c p/\hbar}\langle 0,P_c|p\rangle\langle p|\psi\rangle\nonumber \\ &=& -\frac{i\hbar}{\Delta X}\frac{\partial}{\partial X_c}\langle X_c,P_c|\psi\rangle \end{eqnarray} と表すことができます。これは前回の記事の$\hat \lambda_x,\ \hat \lambda_p$の表式に一致しており、並進操作の代数構造のみから導出することができています。*5
さらに、古典力学で測定される位置と運動量の演算子$\hat x_c,\ \hat p_c$から、関数を介して作られる$A(\hat x_c,\hat p_c)=A'(\hat x_c/\Delta X,\hat p_c/\Delta P)$という演算子古典力学における任意の物理量を記述できることもわかります。特に期待値は $$ \langle \psi|A(\hat x_c,\hat p_c)|\psi\rangle=\sum_{X_c,P_c}A'(X_c,P_c)|\langle X_c,P_c|\psi\rangle|^{2} $$ と計算することができます。*6


操作論的な古典物理量からリウヴィル方程式を導出する

$\hat x_c,\ \hat p_c$は量子力学の位置と運動量を近似的に測定できる必要があるので、$|0,0\rangle$は位置$\hat x$と運動量$\hat p$が$\delta x,\ \delta p$程度の幅で原点周りに局在した状態であると仮定すると、$\langle X_c,P_c|x\rangle,\ \langle X_c,P_c|p\rangle$が含まれる積分内で$(X-X_c)^{m}=O({\epsilon_x}^{m}),\ (P-P_c)^{n}=O({\epsilon_p}^{m})$とみなせます。 ($X:=x/\Delta X,\ P:=p/\Delta P$とした。) $\hat X:=\hat x/\Delta X,\ \hat P:=\hat p/\Delta P$として、この評価を用いると、テーラー展開可能な関数$f(X)$について \begin{eqnarray} \langle X_c,P_c|f(\hat X)-f(\hat X_c)|\psi\rangle &=& \int dx\ (f(X)-f(X_c))\langle X_c,P_c|x\rangle\langle x|\psi\rangle\nonumber \\ &=& \int dx\ \frac{d f}{d X}(X_c)(X-X_c)\langle X_c,P_c|x\rangle\langle x|\psi\rangle+O({\epsilon_x}^2)\nonumber \\ &=& \langle X_c,P_c|\frac{d f}{d X}(\hat X_c)(\hat X-\hat X_c)|\psi\rangle + O({\epsilon_x}^2) \end{eqnarray} が成立します。同様にテーラー展開可能な関数$g(P)$についても \begin{eqnarray} \langle X_c,P_c|g(\hat P)-g(\hat P_c)|\psi\rangle = \langle X_c,P_c|\frac{d g}{d P}(\hat P_c)(\hat P-\hat P_c)|\psi\rangle + O({\epsilon_p}^2) \end{eqnarray} が成立します。


以上を基に、古典系として測定される位置と運動量$\hat x_c,\ \hat p_c$の測定確率についての時間発展方程式(リウヴィル方程式)を、量子力学シュレーディンガー方程式から導出します。 量子状態に対して、古典的な位置と運動量のPVM $\{|X_c,P_c\rangle\langle X_c,P_c|\}$に関する測定確率の時間発展を考えればいいので、$\Delta P^{2}$で割った質量${M}$を用いた

\begin{eqnarray} i\hbar\frac{\partial}{\partial t}\ | \langle X_c,P_c|\psi (t)\rangle |^{2} &=& \langle \psi(t)|[|X_c,P_c\rangle \langle X_c,P_c|,\ H(\hat X,\hat P)]|\psi(t)\rangle \\ H(\hat X, \hat P) &:=& \frac{\hat P^{2}}{2{M}} + V(\hat X) \end{eqnarray} を計算すると、これまでの結果から$\psi(X_c,P_c,t):=\langle X_c,P_c|\psi(t)\rangle$を用いて、 \begin{eqnarray} i\hbar\frac{\partial}{\partial t}\ | \psi(X_c,P_c,t)|^{2} &=& \frac{\partial H}{\partial X}(X_c,P_c)\langle\psi(t)|[|X_c,P_c\rangle \langle X_c,P_c|,\ \hat X]|\psi(t)\rangle \\ &&+\frac{\partial H}{\partial P}(X_c,P_c)\langle\psi(t)|[|X_c,P_c\rangle \langle X_c,P_c|,\ \hat P]|\psi(t)\rangle \\ &=& \frac{\partial H}{\partial X}(X_c,P_c)\psi^{*}(X_c,P_c,t)\langle X_c,P_c|\hat X|\psi(t)\rangle \\ &&- \frac{\partial H}{\partial X}(X_c,P_c)\langle \psi(t)|\hat X|X_c,P_c\rangle\psi(X_c,P_c,t) \\ &&+\frac{\partial H}{\partial P}(X_c,P_c)\psi^{*}(X_c,P_c,t)\langle X_c,P_c|\hat P|\psi(t)\rangle \\ &&- \frac{\partial H}{\partial P}(X_c,P_c)\langle \psi(t)|\hat P|X_c,P_c\rangle\psi(X_c,P_c,t) \\ &=& \frac{i\hbar}{\Delta X\Delta P}\frac{\partial H}{\partial X}(X_c,P_c)\psi^{*}(X_c,P_c,t)\frac{\partial\psi(X_c,P_c,t)}{\partial P_c} \\ &&+\frac{i\hbar}{\Delta X\Delta P}\frac{\partial H}{\partial X}(X_c,P_c)\frac{\partial \psi^{*}(X_c,P_c,t)}{\partial P_c}\psi(X_c,P_c,t) \\ &&-\frac{i\hbar}{\Delta X\Delta P}\frac{\partial H}{\partial P}(X_c,P_c)\psi^{*}(X_c,P_c,t)\frac{\partial\psi(X_c,P_c,t)}{\partial X_c} \\ &&- \frac{i\hbar}{\Delta X\Delta P}\frac{\partial H}{\partial P}(X_c,P_c)\frac{\partial\psi^{*}(X_c,P_c,t)}{\partial X_c}\psi(X_c,P_c,t) \\ &=& \frac{i\hbar}{\Delta X\Delta P}\left(\frac{\partial H}{\partial X}(X_c,P_c)\frac{\partial }{\partial P_c}-\frac{\partial H}{\partial P}(X_c,P_c)\frac{\partial }{\partial X_c}\right)|\psi(X_c,P_c,t)|^{2} \end{eqnarray} となります。 $T:=t/\Delta X\Delta P$として$\psi(X_c,P_c,\Delta X\Delta P T)$を改めて$\psi(X_c,P_c,T)$と書くと、 \begin{eqnarray} \frac{\partial}{\partial T}\ | \psi(X_c,P_c,T)|^{2}&=& \left( \frac{\partial H}{\partial X}(X_c,P_c)\frac{\partial }{\partial P_c}-\frac{\partial H}{\partial P}(X_c,P_c)\frac{\partial }{\partial X_c}\right) |\psi(X_c,P_c,T)|^{2} \end{eqnarray} が得られ、これは古典力学におけるリウヴィル方程式になっています。
よって、シュレディンガー方程式からリウヴィル方程式を導出することができました。

*1:この位相因子は作用するベクトルに依存しないため、状態(確率分布)に対しては影響を及ぼしません。しかし、この非可換性のために古典力学とは大きく異なる物理的性質を持つことになります。

*2:前回の記事では古典力学そのものをヒルベルト空間を使用した量子論形式で扱うという話をしました。今回は量子力学を前提に、その中の特定の測定として古典力学をモデル化する事を目指します。

*3:量子力学系を対象に並進操作を施すので、並進操作のユニタリ演算子量子力学のものを使用する必要があります。

*4:部分空間とは言いましたが、実際には元のヒルベルト空間で完全系をなす$|n,k\rangle$の具体例を構成することができます。

*5:異なっているように見える比例係数は微分演算子に吸収できます。

*6:スケールのイメージがつきやすいように無次元量$X_c,P_c$で表記していますが、古典力学の表式と完全に同じものです。また、積分ではなく和の形をしていますが、$|X_c,P_c\rangle':=|X_c,P_c\rangle/\epsilon_x\epsilon_p$を定義して$\epsilon_x,\ \epsilon_p$が小さい極限をとると積分の形にすることができます。

古典力学を量子論形式で扱う話

この記事では、古典力学(質点系)をヒルベルト空間を用いた量子論の形式で定式化する方法を紹介します。
この記事の内容は以下の論文を参考にしています。

So Katagiri, Measurement theory in classical mechanics, Progress of Theoretical and Experimental Physics, Volume 2020, Issue 6, June 2020, 063A02, https://doi.org/10.1093/ptep/ptaa065

この記事では以下のように用語を使用します。

  • 状態:あらゆる測定に対する測定値の確率分布の総体
  • 古典系:対象とする全ての物理量が同時に測定可能な系
  • 古典力学 :位置と運動量を基本変数にとった古典系で、古典リウヴィル方程式に従って時間発展する確率論
  • 量子論ヒルベルト空間とその上の演算子を用いた確率論
  • 量子力学:正準交換関係を満たす位置と運動量を基本変数にとった量子論で、シュレディンガー方程式に従って時間発展する確率論

簡単のため、以下では1次元の1粒子の古典力学を対象とします。

古典力学において、測定の対象とする物理量は位置$x$と運動量$p$の任意の性質がいい関数$A(x,p)$です。 *1
そのため、古典力学では、位置と運動量の測定値の確率密度関数$\rho(x,p)$を導入し、これを状態とします。 $\rho(x,p)$は確率密度関数なので以下の条件を満たします。(積分範囲を省略した場合は$-\infty$から$\infty$とします。)

$$ \rho(x,p)\geq 0 ,\ \int\int dxdp \rho(x,p) =1 $$

$\rho(x,p)$はこの系におけるあらゆる統計的な情報を持っており、実際、状態$\rho(x,p)$における物理量$A(x,p)$の期待値$\langle A\rangle$は

$$ \langle A\rangle = \int\int dxdp A(x,p)\rho(x,p) \tag{1} $$

と計算することができます。

古典力学の状態はリウヴィル方程式と呼ばれる方程式に従って時間発展します。
状態$\rho(x,p)$の時刻$t$の依存性を$\rho(x,p,t)$と表記すると、 $$ \frac{\partial \rho}{\partial t}(x,p,t)=\left(\frac{\partial H}{\partial x}(x,p)\frac{\partial}{\partial p}-\frac{\partial H}{\partial p}(x,p)\frac{\partial }{\partial x}\right)\rho(x,p,t) $$ がリウヴィル方程式です。
ここで、$H(x,p)$は系のハミルトニアンです。
この方程式に従った時間発展は

$$ \rho(x,p,t)\geq 0 ,\ \int\int dxdp \rho(x,p,t) =1 $$

を満たし、$\rho(x,p,t)$が時刻$t$における状態であることと整合しています。


続いて、この古典力学量子論として記述することを考えます。
古典力学では位置と運動量を誤差なく同時測定できるので、位置と運動量の同時固有ベクトル$|x,p\rangle$が定義できます。
このベクトルで表される状態は位置と運動量を測定すると確率1で$x,p$が得られる状態です。*2 このベクトルはデルタ関数としての規格直交性である $$ \langle x,p|x',p'\rangle = \delta(x-x')\delta(p-p') $$ を満たすとします。
古典力学で測定する任意の物理量$A(x,p)$の値は位置と運動量の測定値$x,p$から一意に定まるので、対応する演算子

$$ \hat A:=\int\int dxdp A(x,p)|x,p\rangle\langle x,p|\tag{2} $$ と定義できます。 特に、$A(x,p)=x,\ A(x,p)=p$の場合はそれぞれ位置と運動量の演算子$\hat x,\ \hat p$になります。

対象にする物理量が全て式(2)の形で表せるので、古典力学量子論として扱う場合のヒルベルト空間は、

$$ |\psi\rangle = \int\int dx dp\ \psi(x, p)|x, p\rangle,\ \lim_{|x|,|p|\to\infty} |x|^{n} |p|^{m} |\psi(x,p)|^{2} = 0 $$

の形で表記できるベクトル全体の集合とします。*3
つまり、$|x, p\rangle$が完全系をなす空間を考えます。 このことから任意の物理量は $$ \hat A=\int\int dxdp A(x,p)|x,p\rangle\langle x,p| =A(\hat x,\hat p)\tag{3} $$ と書くことができます。

古典力学では$|x, p\rangle$以外の状態は混合状態なので $$ \rho = \int\int dx dp \rho(x, p)|x, p\rangle\langle x,p| $$ と密度演算子を定義したくなりますが、これはトレースが発散し、規格化ができない形になっています。
正しくは$|\psi(x,p)|^2 = \rho(x,p)$を満たす関数$\psi(x,p)$を用いて

$$ |\psi\rangle = \int\int dx dp \psi(x, p)|x, p\rangle $$

のように、位置と運動量の同時固有ベクトルの重ね合わせで表現する必要があります。*4

以上を用いると物理量$A(\hat x,\hat p)$の量子論形式での期待値は

$$ \langle \psi|A(\hat x,\hat p)|\psi\rangle\ =\int\int dx dp A(x, p)\rho(x, p) =\langle A\rangle $$

になっており、古典系での期待値計算(式(1))を再現できていることが確認できます。

最後に、古典力学の時間発展を量子論で扱う方法について説明します。
孤立系における時間発展を含む何かしらの変換操作は、量子論においてはユニタリ演算子で記述できます。 中でも、時間発展、位置並進、運動量並進などの連続的な操作はエルミート演算子$\hat G$と変換する大きさを決めるパラメータ$s$を用いて $$ U(s):=\exp{(-i\hat G s)} $$ と表すことができます。この時$\hat G$は変換の生成子と呼ばれます。
古典力学量子論で扱うとき、$\hat G=f(\hat x,\hat p)$と表せる生成子(つまり物理量の演算子)だけに制限すると、これらは任意の物理量と可換になり、分布に変化を与えることができません。
従って、古典系においては時間発展を含む状態の変換を扱うには、変換の生成子を物理量以外に用意する必要があります。
古典力学量子論で扱うには \begin{eqnarray} e^{ip_0\hat \lambda_p}\hat xe^{-ip_0\hat \lambda_p}&=&\hat x \\ e^{ix_0\hat \lambda_x}\hat xe^{-ix_0\hat \lambda_x}&=&\hat x + x_0 \\ e^{ix_0\hat \lambda_x}\hat pe^{-ix_0\hat \lambda_x}&=&\hat p \\ e^{ ip_0\hat \lambda_p}\hat pe^{ -ip_0\hat \lambda_p}&=&\hat p + p_0 \\ e^{-ix_0\hat \lambda_x}e^{ -ip_0\hat \lambda_p}e^{ix_0\hat \lambda_x}e^{ ip_0\hat \lambda_p}&=&1 \end{eqnarray} という非可換性を持つ演算子$\hat \lambda_x,\hat \lambda_p$を導入する必要があります。*5
上の式は$\hat \lambda_x,\ \hat \lambda_p$がそれぞれ位置並進と運動量並進の生成子であることを意味しています。
古典力学の任意の変換はこれらの演算子を組み合わせて表すことができます。
上式の定義から$\hat \lambda_x,\ \hat \lambda_p$は位置と運動量の同時固有ベクトルに対して、 \begin{eqnarray} \langle x,p|\hat \lambda_x|\psi\rangle=-i\frac{\partial}{\partial x}\langle x,p|\psi\rangle \\ \langle x,p|\hat \lambda_p|\psi\rangle=-i\frac{\partial}{\partial p}\langle x,p|\psi\rangle \end{eqnarray} と書くことができます。
古典力学ハミルトニアンが$H(x,p)$の時に、量子論ハミルトニアン$\hat H_q$を $$ \hat H_q:=-\hbar\frac{\partial H}{\partial x}(\hat x,\hat p)\hat \lambda_x + \hbar\frac{\partial H}{\partial p}(\hat x,\hat p)\hat \lambda_p\tag{3} $$ と定義すると、状態はシュレディンガー方程式 $$ i\hbar\frac{\partial}{\partial t}|\psi(t)\rangle = \hat H_q|\psi(t)\rangle $$ を満たして時間発展します。
これを用いると、位置と運動量の確率密度関数$|\langle x,p|\psi(t)\rangle|^{2}$は \begin{eqnarray} i\hbar \frac{\partial }{\partial t}|\langle x,p|\psi(t)\rangle|^{2}&=&\langle \psi(t)|[|x,p\rangle \langle x,p|,\ \hat H_q]|\psi(t)\rangle \\ &=&i\hbar\left(\frac{\partial H}{\partial x}(x,p)\frac{\partial}{\partial p}-\frac{\partial H}{\partial p}(x,p)\frac{\partial }{\partial x}\right)|\langle x,p|\psi(t)\rangle|^{2} \end{eqnarray} と古典リウヴィル方程式に従っていることが示せます。
従って、式(3)のようにハミルトニアンを定義することで、時間発展についても量子論として扱うことができることが分かります。
ここで、上式1行目から、任意関数$f(x,p)$によって$\hat H_q\to\hat H_q+f(\hat x,\hat p)$と量子ハミルトニアンを変更しても同じ結論が得られることには注意が必要です。


この記事では、古典力学と時間発展方程式であるリウヴィル方程式を量子論の枠組みで扱う方法について解説しました。
次回は量子力学のある種の測定として古典力学を導出するという話を書こうと思います。


更新履歴 2022/1/1 位置並進と運動量並進の式を変形

*1:実際に興味があるのは、位置、運動量、角運動量、エネルギーなどの少数の典型的な物理量であることがほとんどです。

*2:厳密には、位置と運動量の測定値が確率1で$[x-\Delta x,x+\Delta x),[p-\Delta p,p+\Delta p)$に入る状態の分散を0にする極限のベクトルです。

*3:厳密には、この集合を完備化する必要があります。

*4:この後で確率混合をするのはOK

*5:最後の式の右辺の1は恒等演算子を意味しています。